『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』
おススメ度 91
※ネタバレあり
ゴールデンカムイの一作目の出来が良かったので、映画館に足を運びました。
序盤、ラッコ鍋を食べてからの相撲シーンを長々とスクリーンで映し出された時は、原作に忠実とはいえ、何を観てるんだろうか?という思いもありましたが、その後は尻上がり的に良くなってきたので、そんな考えは杞憂となりました。
原作はギャクとシリアスが交錯する漫画なので、実写にすると少し間延びしたり、面白くなかったりするのですが、このゴールデンカムイシリーズはそうならないとようにと、監督がかなり配慮しているのが伺えるので、安心して鑑賞してました。
細かいシーンですが、幼いアシリパと父親の回想シーンで父親がアシリパのほっぺにキスをしようとしたらアシリパが手で父親の口を塞いで拒否するシーンを観ると、ひと昔前だったらほっぺにキスをさせていたのだろうけど、実際は演じているのは女の子なわけで、親子の役とは言え、実際にキスを容認するのは子供の負担になるのではと思うと、こういう配慮は大切だなと思った次第です。
邦画における悪癖として、安易に説明台詞を言わせたり、主人公が大声で泣いたり、叫ばせる演技をさせるというのが根強くあるのですが、これらの演出についても、この映画に関しては、かなり抑えていたという感想を持ちました。
アシリパが泣き叫びながら膝から崩れるシーンがあるのですが、そこに音楽を被せる事で、声は実際にはスクリーンには入らない。という演出がされています。
しかし、役者は実際に演技しているので、観ていれば悲しみに打ちひしがれている事は明白なので、こういう処理の仕方は演出的にありだと思いました。
これは、監督と観客の間には『観ていれば分かるのに説明しすぎ』問題と、『観ている観客を監督が信じていない』問題が、根深く横たわっている弊害だといえます。
この映画に限って言うと、演出的にはかなり抑えていて、なおかつ説明過多にならないバランスでした。
演出的に抑えている一例として、杉本が白石にアシリパのことを頼んだ時の、白石が一瞬、どうしようかと迷いながらも、杉本の伝言を引き受けた時の顔の表情の変化が挙げられます。
このシーン、一切セリフが無く表情の変化のみで成立していることが凄い。
セリフが無くても、白石の心の変化は観客は感じ取れる。
そこに、監督と観客の一体感が生まれるのではないでしょうか。
白石を演じる役者の人には、仕事が次から次へと舞い込んで欲しいなと切に願っています。
他にも、インカラマッと谷垣のエピソードで、谷垣がご飯の入った茶碗をインカラマッに渡す前に、白石が勝手に食べてチカバシから頭を叩かれるシーンで少し笑いました。
白石がこの映画におけるコメディリリーフ役と、物語を推進させることができる重要なキャラクターなので、これからの活躍にも期待したいところ。
網走監獄内でも、門倉の『風見鶏ぽく見えるが、芯があって食えない奴』感がちゃんと表現されるのもポイントが高い。
この映画、他のキャラクターにも言えるのですが、キャスティングが本当に完璧すぎて良かったです。
特に鯉登中尉のクオリティの高さは、実写版ストリートファイターでのザンギエフを見た時とほぼ同等の衝撃を受けました。
杉本と二階堂のアクションシーンも、二階堂の異常な身体性から繰り出される攻撃のスピーディさもあって飽きることなく最後まで観られましたし、出演している役者全員が、ゴールデンカムイのアニメに演技を寄せているので、アニメから入った人は映画に没頭しやすいこと請け合い。
次は樺太編なので自分の興味はただ一つ、岩息は誰が演じるのか?その一点のみ。
日本の役者に岩息を演じられる人物がいるのか、いないのか。どっちだ?
話はさておき、ゴールデンカムイが完結するのはまだ先のようですが、このままのテイストで最後まで走り切れれば『日本版ロードオブザリング』になりえるかも知れない。
そんな期待を込めてオススメ度は91となりました。
最終決戦の五稜郭編はCGではなく、巨大なセットを組んで撮影できるくらいにこの映画が流行してほしいなと切に願います。
この映画の冒頭ナレーションは、アニメ版で尾形を演じている津田健次郎が担当しているのですが、ここは、アニメ版のナレーションを担当している立木文彦でも良いのではかと、毎回思っています。
『プロジェクト・ヘイル・メアリーが3月20日に公開される前に言いたいこと。』
このブログは急に更新することがあります。
たまに見かける「あ~このブログもう更新しないんだろうな。」といったブログが突如更新された時に感じる安堵感。その安堵感を定期的に伝えていきたい。
そんなわけで、起動戦士・ワッフルは元気です。
前置きはこれくらいにいたしまして、3月20日に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が全国公開される前に、どうしても書きたい事があったので、ブログを更新した次第。
予告はこんな感じ。
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昨年に原作を読んだ者としては、今回の映画化はとても楽しみなのですが、もし、この作品を何も知らずにいるのならば、そのまま映画を観てほしいと思います。
出来れば、映画を観た後で原作も読んで欲しい。
とにかく何も情報を入れないで観てほしい、何も知らないでこの映画を観ることができることは、映画体験として幸運なことだと思うからです。
ここからは、私の勝手な妄想を書き連ねますが、勿論ネタバレはいたしませんのでご安心ください。
一応、下の方に文章を書いておきます。
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原作を読んだ者として、この映画のラストカットは、ライアン・ゴズリングの顔の正面のアップからの真っ暗な画面、そして、軽快なロックミュージックと共に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の題名がドン!!!!そんなエンディングになるといいなと思っています。
脳内妄想エンディングシーンも書いたので、あとはこれの答え合わせと映画館へと洒落込みますか!!!!
あなたの、脳内妄想エンディングシーンあったら教えてくれよな!!!!(急に馴れ馴れしく)
それでは、最寄りの映画館で『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をお楽しみください。
日本語吹き替えと、字幕で鑑賞する準備はできています。
※追記 予想は大体当たっていました。
2025年の大晦日のごあいさつ。
大晦日なので、駆け足で観た映画の感想を書いていきます。
今年の映画は今年のうちに。
今年は、夏に二週間ほど入院、手術を体験しまして。
手術は無事に成功したのですが、右耳がほぼ聞こえなくなった以外、平穏な一年を過ごすことが出来ました。
あと、久しぶりにブルボンのルマンドやホワイトロリータを購入したら子供の時と比べて、かなり縮小していた事に軽いショックを受けました。
このまま小さくなっていくと、数年後にはブルボンのお菓子が袋のみ販売されて、ブルボンのお菓子は概念として我々の脳内にのみ存在する品物になるのかもなんて思っていたら夏が終わっていました。
一応説明しますと、決して医療ミスとかではないです、デット・オア・ライブでいう所の、右耳の聴覚・オア・命なので、後遺症もなく、命が無事で本当に良かった。そう思っています。
話が少しずれましたが、そんな感じなので、夏以降は映画をあまり観てはいないのですが、その中でも印象に残った映画の感想を記していきます。
※『大長編 タローマン 万博大爆発』
※NHKの深夜に放送していた印象が強くて、映画になった時は興味本位で観たのですが、映画を観賞しながら心の中では、目を見開いて、手の平を上にしながら「なんだこれは?」「なんだか、良くわからない。」とイマジナリー岡本太郎が憑依して観ていました。
この映画を知らない人からすれば「何だそれ?」と思いでしょうが「うまく、あろうとするな、意味なんかどうでも良いんだ。」と岡本太郎も言っていた。そんな映画です。
ちなみに、個人的に好きな岡本太郎の言葉は「同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ」です。言葉の強さに痺れました。
※『ワン・バトル・アフター・アナザー』
※レオナルド・ディカプリオは『タイタニック』で存在を知り、そこから一線で活躍しているイメージでしたが、私が役者として印象に残ったのは『シャッターアイランド』からでした。
今まで、気にしていなかったのですが、映画でディカプリオの身体のデカさに気が付いたのがこの映画でした。ディカプリオの身長は183cmなのでアメリカ平均よりも大きいのですが、線の細い若者や、器の小さい小物を演じている先入観もあり、『シャッターアイランド』のディカプリオは、ヘビー級プロレスラーのように見えて異物感がありました。
その後のディカプリオは、身体のサイズを変幻自在に変えることのできる稀有な役者という認識をしています。
作品によっては、170cmから190cmまで伸びたり縮んたりする感じ。
そんなディカプリオの最新作、『ワン・バトル・アフター・アナザー』二時間を越える大作なのですが、凄い良い映画でした。
血のつながっていない親子の話なのですが、主演のディカプリオの演技が良いのは勿論のこと、ディカプリオの血が繋がっていない娘役のウィラを演じた、チェイス・インフィニティーの存在感、眼の力の強さ。圧巻でした。しかも、これが映画初出演と聞いて驚き。新しい才能を目の当たりにできて映画の醍醐味を感じた瞬間でもありました。
あと、白人至上主義思想を持つ軍人「ロックジョー」を演じたショーン・ペンの演技が完璧すぎました。
白人の富裕層で形成される秘密結社に入るべく、主人公を執拗に追い詰める軍人なのですが、所々に害悪なマッチョイムズが滲みだす感じが本当に上手い。
椅子にロープで縛られたウィラから「何で、サイズにあってない服をワザと着てるの?」
「シークレットシューズ何で履いているの?」立て続けにデリケートな部分を指摘して最後ロックジョーがブチ切れるシーンは面白さと同時に哀愁を感じさせる名シーンでした。
この映画の持つ力強さは「親子関係というのは、肌の色や血じゃないんだよ。」というメッセージだと思うのです。
血が繋がってなくても、何であろうと、主人公はボロボロになりながら娘を助けようとする、それが愛というもの。
その対比としてロックジョーのダサさは必見とも言えます。
多分、この映画を観た人の多くは「ロック・ジョーだせぇ~」思うはず。しかし、そこには哀愁もあり、この映画を彩っています。
今年、ベスト1映画でした。
※『爆弾』
普段、御茶らけている演技のイメージの強い佐藤二郎ですが、この人が持っている凄みが全面に出ていて、『佐藤二郎劇場』ともいえる圧巻の映画でした。
会話劇と連動して、起きる連続爆弾事件が同時進行していくので観ている間は緊張感が保ち続けるので最後まで駆け抜けるような映画でした。
ネタバレになるのですが、結局この爆弾事件はスズキタゴサクが起こした事件なのかについては少しぼかしたまま終わるのですが、観客に結末をぶん投げるのではなくて、余韻として、そっと渡されたような気がして、映画が終わった後も少し逡巡していました。
スズキタゴサクが脅迫されて仕方なく撮影されたとされる動画が、最初から最後まで全部ヤバかったのが印象的でした。
これらの発言は、匿名のSNSで日々更新されているような内容で、それらを表現の自由と履き違えている醜悪さ、そして、それらを抽出したかのような暴論の数々。
その暴論を、スズキタゴサクが棒読みでつまらなそうに喋っているのが印象的でした。
この「爆弾」の映画内の日本では、いつ東京で爆弾が爆発しても不思議ではないのですが、これが日常になり、何も感じなくなるのだろうな。何て事を思ったりしました。
スズキタゴサクが言った「これが、あなたの心のカタチです。」はインパクト大で、たまに思い出したりします。
駆け足的に映画の感想を書いてきましたが、みなさまも健康には気を付けて、どうぞ、良いお年をお迎えください。
『このブログはまだ生きています。』
お久しぶりです、生存確認を兼ねてブログを更新します。
先日『THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS LIVE NEVER END IDOL!!!!!!!!!!!!!』の配信が良すぎたので。
その感想を、これまた久しぶりにnoteにて文章を書きました。
もし、よろしければご覧いただけると幸いです。
ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング

おススメ度 65
※ネタバレあり。
解説・あらすじ
トム・クルーズの代表作で、1996年の第1作から約30年にわたり人気を博してきた大ヒットスパイアクション「ミッション:インポッシブル」シリーズの第8作。
前作「ミッション:インポッシブル デッドレコニング」とあわせて2部作として製作され、「デッドレコニング」から続く物語が展開。前作のラストで世界の命運を握る鍵を手にしたイーサン・ハントと、その鍵によって導かれていくイーサンの運命が描かれる。また、これまでほとんど語られてこなかったイーサンの過去などが明かされる。シリーズおなじみとなったトム・クルーズ本人によるスタントシーンも健在で、今作では飛び回る小型プロペラ機にしがみつく空中スタントなどが見どころとなる。
スパイ組織「IMF」に所属する主人公イーサン・ハント役のトム・クルーズ、「M:i:III」で登場して以降、イーサンの盟友となっているベンジー・ダン役のサイモン・ペッグ、シリーズ全作に登場しているルーサー・スティッケル役のビング・レイムスらおなじみのメンバーはもちろん、前作「デッドレコニング」から登場したグレース役のヘイリー・アトウェル、パリス役のポム・クレメンティエフ、ガブリエル役のイーサイ・モラレスも続投。トム・クルーズ主演作で監督や脚本、製作を数多く担ってきたクリストファー・マッカリーが、今作でもメガホンをとった。
2025年5月23日から日米同時公開。それに先立ち5月17~22日の6日間にわたり全国の映画館で先行上映が行われる。2025年製作/169分/アメリカ
原題または英題:Mission: Impossible - The Final Reckoning
配給:東和ピクチャーズ
劇場公開日:2025年5月23日以上、映画.Comより
この作品といえば、『ミッション・インポシブル』シリーズの一作目で、吊るされたイーサン・ハントが、セキュリティが万全である部屋に侵入するシーンが有名で、それにより、セキュリティシステムを開発した技術者がアラスカに左遷されるシーンがあるのですが、その左遷された技術者が再登場した時は胸が熱くなる展開でした。
しかし、それ以外がかなり脇が甘いというか、雑な感じが気になりました。
前作からの敵役としてのガブリエルの最期があっさりしていた。
最後パラシュートを装備して飛び出した際に、セスナのバーティカルフィン(垂直尾翼)に顔面が激突して終わりというのは、少し間が抜けているように見えました。
今作品の敵はAIなので、そちらに時間を割かないと上映時間が三時間を越えてくる懸念もあったのかもしれませんが、せめて直前にガブリエルが使用していたサバイバルナイフを使用するとかやりようがあったはず。
セスナの曲芸でイーサンハントを振り落とそうとするシーンは良かったものの、ガブリエルが終始笑顔で、目の前の事が楽しすぎて目的を疎かになっている中学生みたいに見えました。
ここ最近の傾向として、敵のボスが最前線で身体を張るのを見ているので、ここにきて、ミッション:インポッシブル3オマージュなのか?と思い、一瞬戸惑いました。
確かに、ミッション:インポッシブル3でのフリップ・シーモア・ホフマン演じるオーウェン・デイヴィアンも、最後イーサンハントと胸ぐらをつかみあって道路を転がったまま、オーウェン・デイヴィアンだけトラックに轢かれて終わっていたので、最後のボスがあっけなくフェイドアウトするのも飲み込みましょう。
そして、今回の敵というか超AIについても、特別なUSBメモリーにダウンロードさせた瞬間に取り外すことで、一件落着みたいな感じになっていたのですが、その役目をスリの技術があるグレースがやっていて、セリフに「スリと同じでタイミングが重要だ。」みたいな事を言わせていましたが、0.1秒でUSBを抜き取る技術と、相手の隙を突いて一瞬で物を取る技術は単純に反射神経の話だから、全然違うのではないだろうか。
最後のシーンで街中の群衆に紛れた面々が、アイコンタクトで散り散りになるのは良かったのですが、特殊なUSBメモリにAIをダウンロードさせて物を最後イーサン・ハントがそのメモリを受け取っていたのを見て、「処分しないんだ。」と思いました。
これが知れ渡ると、CIAやFBIが黙っていないと思うのですが、これを交渉のカードとして使用する事で、これからはイーサン・ハントがアメリカ合衆国と対等な立場として、諜報活動を続けていくのでしょうな。
映画内で、AIに感化されてイーサン・ハントに襲い掛かる暴漢に「SNSばっかり見やがって。」と叫ぶシーンは、トム・クルーズや監督の心の叫びのようにも聞こえました。
今作品で、ミッション・インポシブルシリーズは完結したのですが、映画自体は『これからもイーサン・ハントのご活躍にご期待ください。』で終わっていたので、みんなの心の中にイーサン・ハントが存在するかぎり、この映画は終わらないそう思いました。
この感想を書いている時も、心の中のイーサン・ハントは、あの独特な走り方でどこかを駆け抜けていることでしょう。
それか、そのまま『トップガン3』の撮影場所に向かうのでしょう。
しまった。イーサン・ハントとトム・クルーズを混同してしまった。
と思うくらいに、イーサン・ハントが時間に追われている感がありました。
最後のシリーズなので、もっと腰を据えて丁寧に作した方が良いと思うくらいに、この映画はせかせかしていました。
とはいえ映画館でシリーズの最後を見られるのは、現代に生きる者の特権だと思っていて、なぜなら、例え何百億円の資産があろうとも、時代が合わなければ不可能なことなので、現在公開されているならば、その映画を見届けるというのも得難い映画体験の一つともいえます。
話は変わりますが、冒頭のシーンでの今回のスパイ内容についての連絡ですが、毎回、一度では覚えられないくらいの情報量なのに、(人の名前、国や地域の名前など。)イーサン・ハントはよく間違えないなと感心しています。
これが私だったらスパイ活動する前に、内容を覚えきれずにそのまま『ミッション・インポシブル』になってしまうことでしょう。
映画としては、3時間の上映時間とはいえ、かなり詰め込みすぎている印象を受けました。
沈没した潜水艦のアクションは壮大だったのですが、少し暗いし、何をしているかよく分らない感じなのが勿体ない。
二つの鍵を使用してアイテムをゲットするのも、カタルシスもなくスッと終わってしまうし、少し前の説明で何か不具合があれば自爆するみたいなこと言ってたような気がしたが、特にそれも何も起こらず。
この映画シリーズは、主演のトム・クルーズがいかに身体を張って無茶するかを見届けるという文脈もあるのだが、今作品も身体を張っていました。
潜水艦から脱出する際も、「急浮上すると減圧症で肺がつぶれる。」などのレクチャーを受けていたのにも関わらず、やもえないとはいえ、極寒の海に酸素ボンベだけつけてパンツ一丁で魚雷発射管から脱出していましたし、今作品もスパイ活動のためなら、自分の命もなりふり構わないイーサン・ハントは健在でした。
個人的には前作で存在感を発揮していた『アラナ・ミツソポリス』を映画に登場させて
ほしかった。
この映画、ひと味が何か足りない大盛ラーメンを食べて続けている感じでした。
食べ終われば満足感はあるが、物足りなさが残ると言ったらいいでしょうか。
最後に蛇足になりますが、三時間の上映時間もあって、鑑賞後トイレで尿を1リットルくらい排出しました。
上映が長時間の場合、水分補給にはお気を付けください。
スキナマリンク

おススメ度 見る価値無し。
解説・あらすじ
人々の悪夢を再現した短編映像をYouTube チャンネルに投稿し、新鋭の映像作家として注目を集めるカイル・エドワード・ボールの長編映画監督デビュー作。製作費1万5000ドルの低予算映画ながら北米692館で公開され、最終興行収入が約200万ドルになるヒットを記録した。
真夜中に目が覚めた2人の子ども、ケヴィンとケイリーは、家族の姿と家の窓やドアがすべて消えていることに気づく。歪んだ時間と空間に混乱する2人は、暗闇に潜むうごくめく影や悪夢のような恐ろしい光景に、次第に飲み込まれていく。
監督のカイル・エドワード・ボールは、カナダ出身の映像作家。人々が見た実際の夢や悪夢を再現する「NIGHTMARES」(悪夢)というWEB短編映像シリーズを2017年に開始してホラーファンからひそかな注目を集め、2020年には短編映画「Heck」を発表。「SKINAMARINK スキナマリンク」は同短編を基にしたもので、自身初の長編映画として完成させた。2022年製作/100分/G/カナダ
原題または英題:Skinamarink以上、映画.comより。
映画を観賞して、「純粋に0点だな」。と心底思った初めての映画でした。
映画を観る時に出来るだけ良いところを探す方針なのですが、ほぼ無い映画だったのは、初めての経験でした。
一応、観終わった時の私の心情はこんな感じ。
タイトルの『スキナマリンク』を検索してみると、このタイトル自体に意味は無くて、『スキダマリンク』を元に作られた造語とありました。
ちなみに『スキダマリンク』とは、意味の無い擬音語で構成された、愛を歌う英語の子供向けソングのタイトルとのこと。
それを踏まえたとしても、この映画、サブスクでも観る価値が無いと断言します。
これで入場料を発生させようとする神経が良くわかりません。
監督は、試写会でこの映画を最後まで観たのかすら疑わしい。
ただ最初の冒頭5分くらいは良かった。
薄暗い寝室、子供の声、暗い寝室で後ろ姿しか見えない母親の姿、映画に引き込まれる要素はありました。
アニメのビデオが流れ続ける子供部屋、そこには子供の姿が映し出される事はなく、子供の気配だけは感じられる。もしかしたら、監禁されていると思うくらいに、親の存在が希薄な家族。
その光景が延々と続くのですが、中盤あたりから、抽象的な表現が増えると共に映画の雲行きが怪しくなってきました。
急に、500日後のみたいなテロップが出たり、大きい部屋の隅に子供部屋がぽつんと設置されていたり、イメージ映像が続いたあたりで、ひとつの疑問が生まれました。
それは「監督、もしかして、ノープランで撮影してないか?」と。
だとしたら抽象的な表現を履き違えていないだろうか。
最後、ぼやけた顔がアップになって、子供の声で「あなたは誰?」に対して、無言で終わった時に確信しました。
この監督何も考えていないな。と。
映画には抽象的な表現で終わる作品も沢山あると思いますが、この映画はそれらとは明確に違う、憶測ではあるが、監督にこの映画に関して質問しても答えられないような気さえする。
何故ならこの映画のモチーフが全て『イメージ』で統一されているからだ。
怖いイメージ、不気味なイメージ、混沌としたイメージで、実在感が皆無だった。
映画よりも、CMの方が近いと思う、メッセージが何もない虚無の塊のようなどうしようもないCMにすぎないが。
それを覆すには、最後のぼやけた顔の正体を明示すべきだし、曖昧にすべきだとするならば、この映画の表現は上手くない。
ひとりよがりで中途半端な表現を、観客に押し付けるなと言いたい。
そんなのは勝手に家で創作して、自分一人で楽しんでくれ、そして他人を巻き込むな、そもそも商業ベースに乗せる映画として成立していない。
モキュメンタリー調から始まった映画が、最後は良く分からないファンタジーで終わった時の脱力感は筆舌に尽くしがたい。
映画の終盤になったら、内心「これで終わるなよ。」とずっと思いながら観ていました。
過去に『ヘレディタリー』を観た時は怖すぎて「早く、終わってくれ。」と思いながら観ていたのと真逆の感情。
先述した、最後のシーンで映画館が明るくなった時に舌打ちがでました。
この監督は二度と映画撮影して欲しくないと切に思います。
この世には観る価値の無い映画が存在する事を実感しました。
カイル・エドワード・ボール
この名前を見たら警戒してください。
映画警察が逮捕すべき要注意人物だと思います。
あと、この映画のどこら辺がホラーなのか監督に聞いてみたい。
無料券で観ても、許せないくらいこの映画は最低でした。
上映時間100分もいらない、10分で充分、こんな映画。
ここまで腐していると、逆に観たくなる方もいるかも知れませんが、観ない方が良いです。
トリカブトが入っているカレーを食べようとしている人に、それ食べると死にますよ。と言っていると思ってください。
見る価値無し。
映画を装った、退屈な何かでしかない。
最後に、私が言いたいことは。

映画と観客を舐めるな。
サンダーボルツ*

おススメ度 70
解説・あらすじ
マーベルコミックのヒーローたちが活躍するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の各作品で悪役やならず者として登場したキャラクターたちがチームを結成し、己の過去と向き合いながら世界の脅威に立ち向かっていく姿を描いたアクションエンタテインメント。
姉を失ったことで空虚な日々を送っていた暗殺者のエレーナは、謎多きCIA長官ヴァレンティーナからの指令を受けて、ある施設へ向かう。そこで同じくヴァレンティーナによって集められたジョン・ウォーカー、ゴースト、タスクマスターが一堂に会し、記憶を失ったボブという謎の男も現れる。思わぬ危機が訪れたことで一同は協力して窮地を乗り切り、エレーナを助けに来た父のアレクセイ、ヴァレンティーナの真の目的を探るバッキー・バーンズも合流し、「サンダーボルツ*」という即席のチームを組むことになる。やがてニューヨークの町に次々と市民を消し去る脅威の存在が出現。当初はバラバラだった「サンダーボルツ*」は、危機に直面する中で次第にチームとして結束していく。
フローレンス・ピュー、デビッド・ハーバー、セバスチャン・スタン、ワイアット・ラッセル、オルガ・キュリレンコ、ハナ・ジョン=カーメン、ジュリア・ルイス=ドレイファスら、これまでのMCU作品でそれぞれのキャラクターを演じてきたキャスト陣が結集。「トップガン マーヴェリック」のルイス・プルマンが謎の男ボブ役を務めた。監督は、映画「ペーパータウン」やテレビシリーズ「BEEF ビーフ」で知られるジェイク・シュライアー。脚本は「ブラック・ウィドウ」「マイティ・ソー バトルロイヤル」のエリック・ピアソンとドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のジョアンナ・カロ。2025年製作/127分/G/アメリカ
原題または英題:Thunderbolts*
配給:ディズニー
劇場公開日:2025年5月2日以上、映画,comより
※映画のネタバレあります。
気がついたらゴールデンウイークが終わりを迎えていて、びっくりしました。
しかも、何も映画の感想を書いていない事にもまたびっくりで、短い間に二度びっくりしていたら私のゴールデンウイークは終わりを迎えていました。
前置きはこれくらいにしまして、サンダーボルツは数カ月前の予告を見てから、楽しみにしていた映画だったこともあり、テンションが上がり気味で映画館に行きました。
ちなみに、私のアメコミの知識はマーベルの映画のみで、アメコミは読んでいません。
その上でこの文章を読んでいただけると幸いです。
正直言うと、サンダーボルトのメンバーを見た時はかなり地味な印象を受けたのですが、サンダーボルツの面々も「どうせ俺、私なんて・・・」という雰囲気をだしつつ、何処か乗り気ではない様子を見て。「本人たちも気にしていたのか」と思いつつ鑑賞。
比べてしまうと、アベンジャーズの面々は、空は飛ぶし、宇宙のパトロールが出来るし、魔法使えてメンバーに神様もいるしで、数万、数億単位の人類、他の惑星に住む地球外生命体の命と平和を守っていたのに比べると、格落ち感が否めないサンダーボルツの面々ではありますが、それでも、それぞれが出来る限りのヒーロー活動していく姿に感情を動かされました。
自分の出来る事を精一杯やろうとする考えは大切にしていきたいなと思いましたよ。
映画としては、アクションシーンが常にサンダーボルツ(特にエレーナ)の悲壮感がセットになっているように見えるので、アクションシーンで見てる身としてはテンションが上がり切らなかったのが残念な部分でもありました。
あと、ボブ。ボブですよ。ボブが実は強化人間の実験体だったという話は、面白かったのですが、その後、ボブがセントリー(以後、ボブと表記)となって、サンダーボルツの前に現れるまでは良かったですし、街の人々を手をかざすだけで灰にしていくシーンも観ていて恐怖を感じた。と思っていたのですが。
自身のトラウマと向き合い続ける精神世界?に転送されていると知った時に、これは、演出のミスリードじゃないの?そう思いました。
そのシーンの前にボブが机の上に置いてある水の入ったコップに手をかざすとコップが沸騰して割れるというシーンがあったので「ボブは熱エネルギーを相手に加える事ができるのかな。」と思ってたのですが、違うとしたら非常に紛らわしい演出で、観ている人にとってはノイズになると思いましたよ。
その、ボブの精神世界にエレーナやサンダーボルツのメンバーが侵入して、ボブのトラウマを解消、そして開放される事で一件落着。
トラウマ世界のボブが、闇のボブと向き合った時に、暴力でトラウマを解放しようしたボブをサンダーボルツが身を挺して暴力を止めた事でトラウマから解放出来たシーンは、いわば心の負担を軽くする互助会のようにも見えて、誰かと苦しさや辛さを共有する大切さを描いていたのが印象的でした。
自分の弱さや辛さを吐露する事が、弱さではなくて自己開示できる強さとして認識されるようになれば、もう少しこの世界は生きやすくなると思いますし。
以前の私は病院で多少の痛みにも我慢していましたが、最近は、すぐに痛い事を伝えています。
痛い物は痛いのだから、伝えた方が良いという考えにシフトチェンジしました。
無駄な男らしさなんて不必要だとすら思っています。
そういう意味では、サンダーボルツは私にとって等身大のヒーローとも言える訳です。
話は戻って、ボブをトラウマ世界から救い出したサンダーボルツの面々は、その足でCIA長官のヴァレンティ―ナをボコボコにしようとしたら、そのまま記者会見に巻き込まれ、ヴァレンティ―ナがサンダーボルツの面々をNEWアベンジャーズとしてマスコミに紹介して映画は終わっていました。
そういえば、ボブが灰のようにした人々が元に戻る描写があった時に、空中に浮かんでいるボブに向けてヘリコプターから狙撃した兵士と、運転手も灰にされたけど、だとすると空中から落下してるんじゃないの?と思いましたが、それについては特にフォローもされず、そのまま終了。
そこは、レッドガーディアンあたりが落下してくる兵士をキャッチするシーンを入れとけよと思いましたよ。
最後のお楽しみ映像で、ファンタスティック4の宇宙船が地球に向かってくるところで終わりましたが、サンダーボルツの面子でもう一作はかなり厳しいと思っていたので、このコラボはかなり期待しています。
正直言えば、最後に『NEWAvengers』と表示された時に、この面子で大丈夫かな?と思いましたし、映画としてはかなり地味とも言えます。
ただ、市民からはあまり期待されていないという空気を感じ取っているヒーローという描き方は新鮮でした。
私個人としては、新生アベンジャーズの活躍を見届けたいと思う次第です。

