ワッフルの大冒険 

映画の感想などを徒然と。

映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王 (第1作目1993年公開)

 

https://m.media-amazon.com/images/I/51ATE1XZOUL._AC_SY445_.jpg

あらすじはこんな感じ。

◎内容
オラ、のはらしんのすけ!オラがチョコビで当てたカードを使って入場した「アクション仮面アトラクションハウス」で乗り物に乗ったら、一家そろって異次元世界に来ちゃったゾ!!
そこでは、ハイグレ魔王っていうおかまのおねいさんに、み~んなハイグレにされているんだ!ハイグレ魔王とその手下の悪いヤツらをやっつけるには、なんとかしてアクション仮面をよばなくちゃ!
よ~し、アクション戦士に選ばれたオラもいっしょに戦うゾ!!

以上Amazonより引用

 

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初めに

劇場版のクレヨンしんちゃんについては『モーレツ大人帝国の逆襲』以外は、何となく見たぐらいの印象だったので、クレヨンしんちゃんビギナーの私から見た、劇場版クレヨンしんちゃんの感想を書いていくことにします。

 

まずは第一作目から初めて、出来るだけ順番に書いていく予定です。

お付き合いしていただけると幸いです。

 

ここらは『クレヨンしんちゃん』を踏まえまして・・・

 

みればぁ❔  げ ん こ  つ

 

ここから『劇場版クレヨンしんちゃん』の歴史が始まった記念すべき第一作となる今作品。

 

映画内で、みさえがしんのすけに対して、ゲンコツやほっぺをつねったりするシーンが普通に流れている事が印象的でした。

 

これが、時間と共に先述した『げ ん こ つ』へと表現が変化していくのですが、結構、映像的なインパクトが強いのと、しんのすけってかなりアナーキーな行動をしていていることを思い出しました。

今では妹のひまわりのお世話もするお兄ちゃんですが、当初はパンツを脱いで、自分の大事な部分にゾウさんの絵をかいて見せびらかすアナーキーっぷり。

行動だけ見るとパンクロッカーのパフォーマンスそのもの。

そもそも『クレヨンしんちゃん』という作品は、母親を名前で呼びつけたり、大人びた子どもが織り成す会話の妙が持ち味で、そこが当時新鮮だったなぁと、思い出した次第です。

 

今作品には、芸能人を声優に起用したり、野原一家が力を合わせたり、かすかべ防衛隊の活躍などはありません。

 

あと、絵柄もどちらかといえば原作に寄せているので、少し違和感を感じたくらいです。

 

しかし、テレビシリーズの延長ではなく、テーマをファンタジーSFに舵を切ったことで、劇場版の映画の方向性が決定づけられた、試金石ともいえる作品なのは間違い

ありません。

 

まだ未見の方がいましたら、現在と放送開始当時の雰囲気を見比べてみるのも面白いと思います。

 

あと、劇場版の初期作品においては、敵役のLBGTで言うところのBGの表現が、今見ると少しそぐわない部分があるのですが、それは30年前の作品という事もあるので、私のように過去作品を見直そうとする方がいましたら、そこを配慮して見ていただければと思いました。

 

 

劇場版ダイジェスト

「ゾ~さんゾ~さん」

「怒るに怒れない」

 

 

 

劇場版みればぁ❔度  93チョコビ

 

 

 

 

 

スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホーム

 

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おススメ度 3億

 

映画のネタバレになります。

少しでも興味ある方でしたら、映画館で鑑賞後にご覧ください。

そうしていただけると幸いです。

 

 

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あらすじはこんな感じ。

 

スパイダーマン ホームカミング」「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」に続く、マーベル・シネマティック・ユニバースMCU)に属する「スパイダーマン」シリーズの第3弾。MCU作品の「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」「アベンジャーズ エンドゲーム」でもスパイダーマンと共闘した、ベネディクト・カンバーバッチ演じるドクター・ストレンジが登場する。前作でホログラム技術を武器に操るミステリオを倒したピーターだったが、ミステリオが残した映像をタブロイド紙の「デイリー・ビューグル」が世界に公開したことでミステリオ殺害の容疑がかけられてしまったうえ、正体も暴かれてしまう。マスコミに騒ぎ立てられ、ピーターの生活は一変。身近な大切な人にも危険が及ぶことを恐れたピーターは、共にサノスと闘ったドクター・ストレンジに助力を求め、魔術の力で自分がスパイダーマンだと知られていない世界にしてほしいと頼むが……。サム・ライミ監督版「スパイダーマン」シリーズに登場したグリーン・ゴブリンやドック・オク、マーク・ウェブ監督版「アメイジングスパイダーマン」シリーズのエレクトロなど、過去のシリーズ作品から悪役たちが時空を超えて登場。それぞれウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、ジェイミー・フォックスら当時のキャストが再登板した。

2021年製作/149分/G/アメリ
原題:Spider-Man: No Way Home
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

以上、映画.Comより

 

以上、フィルマークスより引用

 

上演初日に鑑賞したのですが、午後6時の上映時間で、約3割ほど座席が埋まっていました。

 

2022年の最初の映画鑑賞となったこの作品、個人的には最高の映画体験でした。

 

予告を見る限り、スパイダーマンシリーズの悪役が勢ぞろいするってことは・・・と思ったのですが、そのまさかで、実写版スパイダーバースを見られるとは思いませんでした。

 

歴代スパイダーマンが勢ぞろいしたシーンを見られただけで、おススメ度は3億まで跳ね上がりました。

 

おススメ度の3億の内訳ですが、スパイダーマン一人に対しておススメ度は1億なので、その倍で3億です。

 

おススメ度が100がMaxだなんて誰か決めたのでしょうか。

そういう事でございます。

 

上映中に、この映画を鑑賞できることに多幸感が溢れすぎて、そのまま幸せ死してしまうぐらい良かったです。

 

早くも、個人的に2022年ベストになるかも知れない今作品ですが、予告編のような悪役大集合で終わらない所が流石マーベルクオリティだなと思いました。

 

なによりも、悪役達の更生と許しがテーマだと知った時、ポテトを食べながら「まじか・・・」と口にでそうになるぐらい意外性がありました。

 

もはや、どちらかが正義で片方が悪という対立構造が成立しなくなっていく時代性もあり、悪い奴だから処分や排除していい、という文脈ではない、また違うアプローチで、一歩踏み込んだテーマに驚きました。

 

ドクターストレンジが魔術によって、ピーターパーカーをスパイダーマンであることを知っている人間の記憶を忘れさせる手はずをして、あとは悪役をそれぞれの時間軸に返すだけの状態なのですが、ピーターパーカーが元の時間軸に戻った悪役達が、最後命を落とすことを知り、悪役達の更生と許しを提案をするのですが、正直見ていて青臭いな・・・と思いながら見ていたのですが、そこはマーベル。

 

ストレンジにも「一緒にいたから忘れていたが、彼はまだ子供だ。」というセリフを言わせていて、ピーターパーカーが純粋さと青臭さを持っている青年だという事を明示させているのがぬかりが無いなと。

前作でも、ミステリオから「お前は優しすぎる。」と言わせてますし、この優しさと甘さが混同している性格が今シリーズのピータ―パーカーのキャラクター性だと思う訳です。

 

ピーターパーカーの親友ネッドも良いキャラクターですし、ドクターストレンジと会った時にネッドが「手がムズムズする時があるけど、俺魔法使用できる?」質問した際に、ストレンジが「医者に診てもらえ」って返したのが個人的にツボで「元々外科医だったろう。」と内心、指摘してしまうくらい良いシーンでした。

 

なんやかんやで、そのネッドがゲートを開ける事に成功するわけですが、そこで今作の肝でもある、スパイダーバースへと移行していくのを見ながら、憎いねぇこの演出!!と思っていました。

 

ネッドがパーカーに身を案じて、ゲートを開けてピーターを探す。

そうすると、遠くにスパイダースーツを着たピーターが、ゲートに気が付いてネッドの自宅へと足を運ぶと、このスパイダーマンが明らかにデカい。

 

ここで、違う世界のスパイダーマンだと分かるわけです。

こんな感じで3人のピータ―パーカーが勢ぞろいして、それぞれの会話をしているシーンがとにかく微笑ましい、二代目のピータ―パーカーに他の二人が「君はアメージングだ。」と励ます所とか、初代が手首から蜘蛛の糸を発射したのを見て「それ、何?」「どういう原理?」とか質問攻めするところとか、見ていて飽きなかったです。

 

あと、年齢や雰囲気もあってピーターパーカーが3兄弟ぽく見えるのが個人的には面白いと感じました。

 

何よりも、悪役達が思ったよりも登場機会があったのが意外で、その中でもドック・オクやグリーンゴブリンがまぁ大活躍していました。

 

何よりも、悪役を演じていた役者たちが、キャリアを積んで廃業することもなく、こうしてスクリーンに登場すること自体、ドキュメンタリーの要素もあって感慨深ったです。

 

映画の話としては、ピーターパーカーの思いも虚しく、悪役達は結局大暴れ、その結果、グリーンゴブリンの爆弾攻撃によって、メイおばさんが命を落とす事態になります。

 

スパイダーマンって、それぞれ大切な人を亡くしていて、喪失感を抱えていることがスパイダーマン特有の暗さというか、キャラクターに大きく関わっていると思っているのですが、今作のスパイダーマンって、友だちもいて、仲間もいて、愛する人もいる訳で、一番垢ぬけているスパイダーマンでもあったのですが、この瞬間に他のスパイダーマンと同じ境遇になっていくのを見ると、少し切なさを感じました。

 

最終決戦の自由の女神での戦いも、スパイダーマンが誰かと息を合わせて戦うこと自体無いので、バラバラで息があっていなかったりと、見ている人がクスっと笑える部分もあったりするので、退屈することも無く楽しめました。

 

ネッドがゲートを開けて、ストレンジが作成した忘却の魔法が入っている箱をパーカーから貰ったあとで『ゲートの開け方は知ってるが、閉じられない。』ことが発覚してリザードにゲートに侵入されて、結局全員が自由の女神に集結させる展開は見ていて感心しました。

 

最後に、メイおばさんの命を奪ったグリーンゴブリンとタイマン勝負するピーターが、ボコボコにして止めを刺そうとするのですが、それをせずに、グリーンゴブリンの首に解毒剤を注入、それと同時に魔法を発動、それぞれが人間の姿に戻ってそれぞれの世界に戻っていって、最後は、メイおばさんの「正しい事をする。」この言葉に従って、スパイダーマンとして役目を全うするピーター。

 

そこで、エンドロールが流れていったような気がしました。

 

スパイダーマンシリーズでみれば、今作品は原点回帰であり、ピーターパーカーがヒーローになるための通過儀礼が、最後に選択した自分の事を知っている人間の記憶を無くすことだったのだなと解釈しました。

 

映画単体で見ても、最後の最後まで満足させる仕組み、あんこが尻尾の先までぎっしり詰まっているたい焼き、密度があるアップルパイを連想させる満足感。

 

文句ありません。

 

ちなみに、日本語吹き替え版も出演者が豪華なので、タイミングが合えば、日本語吹き替え版も鑑賞しようかなと思っています。

 

※追記

後日、日本語吹き替え版も鑑賞してきました。

字幕を見る作業が減った分、ストーリー重視で見ることができたので、そこで細かい演出に気が付くことができたりして楽しかったです。

 

終盤で、自由の女神から落下するMJを助けるのがMJを助けることが出来なかった『アメージングスパイダーマン』のピータ―パーカーであったりするところが演出的にも丁寧に感じました。

スパイダーマンに登場していたヴィランを救済するだけでなく、ピーターパーカーにも救いの手を差し伸べる『スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホーム』は傑作だと改めて思った次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年ご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

 

昨年は、何処の誰かも分からないにも関わらず、文章を読んでいただきまして本当にありがとうございました。

 

2022年も、ブログを更新していく所存です。

 

今年の映画初めは『スパイダーマンノー・ウェイ・ホーム』からスタートする予定です。

 

というわけで、これからもよろしくお願い致します。

 

起動戦士・ワッフル

2021年ワッフル映画賞開催。

今年一年間に、私、機動戦士・ワッフルが鑑賞した映画、ドキュメンタリーの中から、独断で各省部門とベスト5を発表しようと思います。

 

何事もそうですが、こういう事は勝手に開催していくべきだと思っていまして、個人が勝手に映画賞開催したっていいのではないかと思った次第です。

なので、ここにワッフル映画賞の開催を宣言いたします!!

興行収入や世間の評価は置いておいて、私が心に残った作品を発表出来ればと思います。

 

まずは各賞部門から。

 

ベスト『男優アクト賞』

映画『シャン・チーよりウェンウー役のトニーレオン・・・シャン・チー自体も好きな映画なのですが、ウェンウーの存在感が良かったです。

映画の撮影中、トニーレオンが常に現場で監督と演者のやり取りを聞いていたというエピソードを知った時は納得した次第です。

 

ベスト『女優アクト賞』

映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』よりパロマ役のアナ・デ・アルマス・・・途中からジェームスボンドと共に、任務に合流するパロマですが、最初はナイトドレスを着て、カクテルを飲んでいる姿は少し頼りなさを感じさせるものの、いざ任務になったらアクションシーンがとにかく格好良い。

任務が終わると「私はここまで。」と言ってさっさと退場する、ビジネスライクなところも良かったです。

007シリーズの女性が安易にジェームスボンドと恋愛関係になるというのも、お約束とはいえ、時代に合わなくなりつつある現在にフィットしているなと思ったので今回の字受賞となりました。

 

 

ベスト『ウソみたいな本当の話で賞』

ドキュメント『ザ・モール』よりウルリク・ラーセン・・・このドキュメンタリーを見た時に「これがフィクションならどれだけ良かったか。」と思わずにはいられませんでした。

 

パンフレットによると、ウルリクが、このドキュメンタリーの監督にメールを送信した時に、監督は「多分、途中で逃げ出すか、音信不通になるだろう。」と予測していて、そうなったら、その経緯も含めてドキュメントを制作していた。というの読んだ時に、正直言って、性格悪いなと思いました。

しかし、それぐらいの強い個性じゃないとこのドキュメンタリーなんて制作出来なかったと感じるのも事実。

見た後もかなり後を引いたドキュメンタリーでした。

 

ベスト『全ての碌でも無い連中に捧げるで賞

ドキュメント『SNS少女たちの10日間』でモザイクをかけられている全ての人間。・・・これもドキュメンタリーなのですが、これほど見ていてキツイ作品は無かったです。

インターネットの闇の部分を照らす作品なのですが、顔出しして動画に出ている10代の若者に見て欲しとと切に思いました。

 

10代の女子がこれを見たら、男性に対して嫌悪感を抱くのは必至。

なので、学校の教材として使用してもらうのが良いのかなと思ったり。

 

SNSで10代の少女に接触してくる問題って、日本だけの問題だと思ったら、そうではなくて、世界的な問題だったという所に絶望を感じました。

 

これを他人事で処理せずに、自分にもそういう部分があると自覚することが客観的な視点を持つ第一歩なのではないかと思う訳です。

微々たる力かも知れませんが、それを認識できたというだけでも、このドキュメンタリーには意味があります。

 

ここからはベスト5の発表いたします。

 

5位・・・ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結

 

4位・・・マトリックスレザレクションズ

 

3位・・・ジャンク・ヘッド

 

2位・・・偶然と想像

 

そして今回のワッフル映画大賞は・・・

 

 

 

 

アメリカン・ユートピアに決定いたしました。

 

今年は印象に残るドキュメンタリーが数多く上映されていたと思います。

 

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。

 

良いお年をお迎えください。

 

 

 

 

 

マトリックス レザレクションズ

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おススメ度 90   (ネタバレ)


www.youtube.com

 

あらすじ
もし世界がまだ仮想世界=マトリックスに支配されていたとしたら?
ネオ(キアヌ・リーブス)は、最近自分の生きている世界の違和感に気付き始めていた。
やがて覚醒したネオは、マトリックスに囚われているトリニティーを救うため、何十億もの人類を救うため、マトリックスとの新たな戦いに身を投じていく。

 

監督
ラナ・ウォシャウスキー
出演者
キアヌ・リーヴスキャリー=アン・モスジェイダ・ピンケット=スミスヤヒヤ・アブドゥル=マティーン 2世プリヤンカー・チョープラーニール・パトリック・ハリスジェシカ・ヘンウィックジョナサン・グロフクリスティナ・リッチエレン・ホルマン

以上filmarksより。

 

今日はクリスマスという事ですが、平常運転でございます。

 

まず初めにラナ・ウォシャスキー監督が、自身の映画を撮影する姿勢に交換を持ちました。

 

例えると、歌手のライブで、CD音源と同じ歌い方をしてくれたのを見た時の感情に近いと思います。

 

歌手の中には、独特の節回しやアレンジを加えてしまって、内心「聞きたいのはこれじゃないのだけでもな・・・」みたいな微妙な感じになる時もあるのですが、この映画はそうではなく「映画マトリックスを再現していこう。」という気概を感じることができたので、私としてはある程度満足な状態になっていました。

 

映画の細部に、マトリックスを見てくれた人たちに向けて映画を作成しているのが伝わる部分もあって良かったです。

 

バッグスがビルの窓掃除の仕事をしている時に、ビルの屋上に佇むネオを見つけるシーンなども良くて、それを見た時に『マトリックス』てアンダーソンが会社の社長室に呼び出された時に外で窓掃除をしている人いたっけなぁ。と過去作品を思い出していました。

 

冒頭で、エージェントの一人が黒人なのを見た時には、マトリックスのエージェントはプログラムで単一的な意味もあるので、ここは人種の多様性を表現するよりも、従来の白人が演じる方が良いのではと思っていたのですが、そのエージェントがモーフィアスだったというのが素直に驚きました。

みなさんはどうでしたか?(急に双方向性を意識する書き方。)

 

映画内でのアクションシーン一つ一つを見ても、ちゃんとマトリックスでしたし、この映画からアクション映画の歴史がアップデートされた事を再確認した次第です。

 

じゃあ、手放しで絶賛なのか?と言われると、少し口ごもってしまうのもまた事実なので、ここからはその部分も書いていきます。

 

先程、一つ一つがマトリックスとは書きましたが、何と言っても20年前の作品なので、古臭さを感じてしまうのもまた事実なのと、マトリックスのベストシーン総集編を見せられている感も正直ありました。

 

しかし、何回も言いますが、そのアクションシーン一つをとっても影響を受けた作品は無数にあることを伺える源流なので、そういう意味では楽しみました。

 

あと、途中でネロとトリニティがバイクで街中を走るシーンで、ビルから無数の人がバイクめがけて飛び降りるシーンはシャマラン監督のハプニングを連想していました。

このシーンもスピード感と恐怖感があるのですが、私としては、このバイクシーン自体長いなぁと思ったのと、急にゾンビ映画っぽくなったことの違和感が大きかったです。

 

この映画を1行で表すならば、ネオとトリニティが出会って、トリニティの記憶と力を取り戻すまでの話と言えるでしょう。

 

映画の最後の最後で、ネオと同じ力をトリノティも兼ね備えていて、先に力が覚醒したトリニティが舞空術を披露するところであるとか、救世主はネオだけではないという物語の着地も現代的だと思いました。

 

今、マトリックスの新作を上映する意味としては、監督のマトリックスに対しての決着という意味もあるのではないか、そんな事を思いつつ映画館を後にしました。

 

マトリックスを映画館で見た事のある方なら楽しめると思います。

 

私は楽しめました。

 

 

 

 

 

 

 

ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ

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おススメ度 82

 

映画のネタバレを書いていますので、未見の方はご注意ください。

 

 

www.youtube.com

あらすじはこんな感じ。

 

マーベルコミックのダークヒーロー、ヴェノムの活躍を描いたトム・ハーディ主演作「ヴェノム」の続編。圧倒的戦闘力と残虐性を持ち、ヴェノムの大敵となるカーネイジとの戦いを描く。「悪人以外を食べない」という条件でエディの体に寄生した地球外生命体シンビオートのヴェノムは、食欲制限を強いられ不満を抱えながらも、エディとの共同生活をそれなりに楽しんでいた。そんな中、ジャーナリストとして未解決事件の真相を追うエディは、刑務所で死刑囚クレタス・キャサディと再会する。クレタスは猟奇殺人を繰り返したシリアルキラーで、死刑執行が迫っていた。エディに対し異様な興味を示すクレタスは突如として彼の腕に噛み付き、その血液が人間とは異なることに気づく。そして死刑執行の時、クレタスはついにカーネイジへと覚醒する。主人公ヴェノム/エディ役をハーディ、エディの元恋人アン役をミシェル・ウィリアムズが続投で演じ、「スリー・ビルボード」のウッディ・ハレルソンがカーネイジ/クレタス役を演じる。そのほか新キャラクターのシュリーク役で、「007」シリーズのナオミ・ハリスが参加。「モーグリ ジャングルの伝説」など監督としても活躍する俳優アンディ・サーキスがメガホンをとった。

2021年製作/98分/G/アメリ
原題:Venom: Let There Be Carnage
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

以上、映画.comより。

 

 

映画を見終わった感想は、「良く詰め込んだなぁ」の一言でした。

前作のヴェノムで最後に出て来た。通称、カーネージ先輩の寄生先のウディ・ハレルソンが、この映画に向けて仕上げて来ているのが見て取れました。

なにせ、登場するたびに怖いし、ちゃんと心底ヤバい奴ってのが分かるのが演技が上手い証拠なのだなと思いました。

 

ここ最近のマーベル作品の傾向として、上映時間が2時間を超えるのが定番だったのですが、この映画は短めの約1時間半の上映時間にも関わらず、物語の風呂敷を広げて、畳んで、最後にもう一度広げて見せた手腕を目の当たりにすると、マーベル地肩の強さを再認識しました。

 

私にとって、ヴェノムはマーベル制作映画にも関わらずゴア描写を表現できる稀有な作品と位置づけていたのですが、前作からヴェノムが人間の頭を食べる時に、直接的に映像で見せないようにする配慮が、見ていて少し物足りなかったりしましたが、今作はゴア描写に時間を割かない決めて制作したことで、約1時間半の上映時間になったのではと思った次第。

 

ヴェノムの特徴として、明確な弱点がある所が挙げられます。

大きい音と、炎に弱いというのが映画で提示されるため、完璧なクリーチャーでは無い部分が魅力に繋がっていると感じていて、この映画はそれを活かす演出が上手いなと思いました。

 

最後の教会でのアクションシーンにおける、鐘が鳴るたびにヴェノムとカーネージが人間から離れそうになるシーンは映像的に良かったですし、映像的な工夫とアイデアを感じました。

 

エンドロールの最後に、スパイダーマンの世界とリンクするのを見て、素直に楽しみに思いましたし、楽しめましたよ。

 

映画全体としてみると、やっぱり強引な部分もあるなと感じたのも事実なので、そちらも何点か書こうと思います。

 

先程、上映時間が短い中での構成が良いと褒めましたが、どうしても、物語のピタゴラスイッチを見せられている部分もありました。

 

その象徴的な存在が、適役として登場するシュリークだと思っていて、超音波攻撃は映像的なインパクトはあるのですが、見ていて「これって、ヴェノムやカーネージのためのキャラクターじゃないの?」と思った訳です。

 

クレタスと車で走行中に、口から超音波を出してカーネージから「次やったら命は無い。」みたいな事を言わせてますし、カーネージの寄生するクレタスのフィアンセという役回りはあるものの、それも教会で戦う意味付けであって、シュリークの特殊技能は他でも問題無いと言えば無い訳です。

 

最後に、シュリークが教会の鐘が落ちて来て、中に閉じ込められたのか潰されてしまったのかして映画からは退場するわけですが、その一連は流暢とも言えますが、どちらかと言えばオートマチックさの方が目立つかなぁと思ったりしましたね。

 

アメコミの原作通りであれば良いのでしょうが、これがオリジナルストーリだとすると、気になってしまう部分もありましたので、おススメ度は82となりました。

 

私としては、ヴェノムとスパイダーマンとの融合は普通に楽しみです。

 

 

ディア・エヴァン・ハンセン

 

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おススメ度 65

 

※この映画が好きな方にとって不快な文章になりますので、ご注意ください。

 

 

www.youtube.com

 

あらすじはこんな感じ

 

解説

トニー賞で6部門を受賞し、グラミー賞エミー賞にも輝いたブロードウェイミュージカルを映画化。監督を「ワンダー 君は太陽」のスティーブン・チョボウスキーが務め、ミュージカル楽曲を「ラ・ラ・ランド」「グレイテスト・ショーマン」「アラジン」など大ヒットミュージカル映画に携わってきたベンジ・パセック&ジャスティン・ポールが担当。学校に友達もなく、家族にも心を開けずにいるエヴァン・ハンセンが自分宛に書いた「Dear Evan Hansen(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)」から始まる手紙を、同級生のコナーに持ち去られてしまう。後日コナーは自ら命を絶ち、手紙を見つけたコナーの両親は息子とエヴァンが親友だったと思い込む。悲しみに暮れるコナーの両親をこれ以上苦しめたくないと、エヴァンは話を合わせ、コナーとのありもしない思い出を語っていく。エヴァンの語ったエピソードが人々の心を打ち、SNSを通じて世界中に広がっていく。エヴァン役をミュージカル版でも主役を演じたベン・プラットが演じるほか、ケイトリン・デバー、ジュリアン・ムーアエイミー・アダムスらが脇を固める。

以上、映画.comより

 

フィルマークス映画より

 

チラシには『ラ・ラ・ランドのスタッフが集結。』のような事が書かれていたのですが、そうすると『ラ・ラ・ランド』のイメージがどうしてもの頭の片隅に出てしまうし、制作者からすれば『ラ・ラ・ランド』から離れた映画を制作したいはずなので、あまり広告効果に結びつかないのではと思いました。

 

ミュージカル舞台の映画化というので、冒頭からエヴァンハンセン役の歌から始まるのですが、ミュージカルシーンは全て良かったですね、それ故に、ドラマパートの脇の甘さが目立ってしまっていると感じました。

 

そもそも、コナーが自ら命を絶ってしまい、遺品にハンセンが自分自身にあてて書いた手紙があったことから、ご遺族がハンセンの事を唯一の親友と勘違いをいしている状況だから、対面した時にちゃんと説明しろよって思いました。

 

このミュージカルは優しい嘘から始まる物語というのは理解できるし、ハンセンが会話するのが苦手なのも分かるのですが、そこは説明しなきゃ。

その結果、話が大きくなっていって、どうしようと言われても「そりゃそうなるよな。」としか思えなかったです。

 
あと、ハンセンの嘘から、コナーが幼少期に家族で行っていた果樹園をクラウドファンティングで再開させるため活動がスタートするのですが、その時もハンセンは事実を言えずに、話が大きくなっていく訳です。
その活動の中心にいるクラスメイトから、コナーと本当に親友だったのか詰められた時に、ハンセンが遺族以外に見せていない、自分に充てて書いた手紙をそのクラスメイトに送信するんですよ、送信。
その結果、期日が迫っているのにクラウドファンティングの金額が届かない事に悩んでいたクラスメイトが、その手紙をSNSに公表する訳ですが、全員行動が迂闊すぎて感情移入が出来ませんでした。
 
そもそも、ハンセンが手紙の写真を送信してどうする、直接携帯電話から見せれば良かったのに、そりゃあそうなるよとしか思えなくて、結果的にその手紙が拡散されてコナーの家族が誹謗中傷される訳で、SNSにおける悪手の連続にシラケてしまいました。
 
ハンセンが状況を把握して、フェイスブックに事実を動画でアップすることで終息させたという表現になっていましたが、現実的にそれでは終息しないし、炎上し続けるでしょうよ。
 
この物語の肝として、コナーがどんな人間だったのかを掘り下げて、そこで、学校以外のコミュニティで繋がった人たちの交流があったとか、そこであったエピソードがあってこその、最後にギターを演奏して歌を披露するコーナーの動画に心を打たれる訳で、映画内では学校内で粗暴で何考えているか分からず、ギターを奏でながら静かな曲を歌うという人物像でしかなく、これで、最後果樹園を再開しました。は物語的に全く乗る事ができませんでした。

 

            実際のコナーは、粗暴で、薬物依存をしていて、12歳だった妹を呼びつけて金を無心したり、殺すぞと言って妹のドアを壊そうとするなどの、碌でも無いクソ野郎のエピソードしか無いので、コナーの妹が不憫で仕方がありません。
            映画内で妹の精神的なフォローをしていないので、兄から酷い目に合って来て、追悼の気持ちになれないと公言出来ない息苦しさって本当に辛いだろうなと思った次第です。
            正直、私が妹だったら穏やかな顔でギターを演奏しているコナーを見たら、家族の私にはそんな穏やかに接しないのに、他人にはそういう態度で接するんだと思い、立腹します。
            書いていて、器が小さいなぁという自覚があるのですが、遣り切れない思いは募ります。
            しかし、この映画内での、自分や親友が苦しい時、困った時は一歩踏み込んで声を掛けたり、思いを発言しよう。

          というメッセージは真っ当だし、大事な事だと思います。
実際には、コナーのようにブチ切れて来る人間もいるので、誰彼構わずって訳にはいかないでしょうが。

言える事は、この映画と私の相性が良く無かっただけで、響く人には響く映画だと思います。

何回も書きますが、ミュージカルシーンは本当に良かったです、そこはおススメいたします。