アフターサン

 

オススメ度 89

ネタバレあり。

 

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解説

父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。

11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。

テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。

2022年製作/101分/G/アメリ
原題:Aftersun
配給:ハピネットファントム・スタジオ

 以上、映画.comより

 

季節とリンクした映画を見ようと思った。

季節は夏真っ盛り、そうであるならば、夏が舞台となる映画を映画館で見る方が、より映画との一体感を得られるのではないか?という理由で今作品を鑑賞しました。

一体感は得られる事は出来ましたが、食らった映画でもありました。

 

冒頭に流れる、親子で撮影していたビデオカメラの映像で映画の世界に引き込まれます。

 

11歳の娘のソフィは世界が輝いて見えて。31歳の父親のカラムの世界は哀愁を帯びている。

ソフィアが少し年上のグループに憧れて、背伸びして参加するシーンとかキラキラしっぱなしで、曇り空一つ無い、青空を彷彿させる。

それに対して父親のカルムは、どこか不安げで常に無表情だったりする。

色合いとしては、この映画のポスターでもある曇り空を感じさせる。

この時点で、ソフィはカルムの心の変調について気付いていない。

気が付いたとしても、何も出来ない歯痒さがだけが観客にのみ積み重なっていく構造になっている。

 

カラオケ大会で、歌唱するソフィアが父親のカラムと会話するシーンで、歌が上手くないソフィアに対して「歌唱力は技術で何となるから、ボイスとレーニング教室に行くか?」と聞くカルムに対して、フィリーナの「お金ないクセに。」と返すのが、本当に辛辣。

大人にとって金銭的余裕が無い事を指摘されるのが、一番精神的に堪えるはず、しかも、それを愛娘から言われるキツさと言ったら、あまりにも気の毒で、カラムの顔を見る事が出来なかったくらいだ。映画なのに。

 

売り言葉に買い言葉での会話とはいえ、子供の最短距離で現実を突きつけてくる言葉の破壊力は本当に残酷だ。

とはいえ、子供の頃を思い出すと、今なら青ざめるような事を大人に対して言っていた記憶がある。

その時は『語彙力も無く、悪意が無い馬鹿な子供。』というカテゴリーとして処理されていたのか、奇跡的にお咎め無しで済んでいたのが奇跡だった。

 

他にも、フィリーナがビデオカメラを回しながら、カラムにインタビュー方式で質問をする際に「誕生日を迎えて130歳から131歳になった感想は?」聞くところもそうだ。

勿論ジョークだし、カラムとの関係性があるからこその発言でもある。

11歳の少女から見れば、31歳という年齢は遥か先にあるイメージだったりする。

しかし、父親のカラムは、30歳から31歳に年齢を重ねる事に焦燥感があるが、その事を娘は知らない。

この映画では常に、同じ風景を見ているはずなのに、父と娘はすれ違ってしまう。

 

ソフィにとって、クソ野郎がいない世界。

この映画の序盤に、バイク・レースゲームの対戦を挑むソフィと同年代の少年が登場したり、少し年上のグループと交流したりと。リゾートを満喫するソフィ。

年上のグループたちのプールサイドでの飲み会に参加する際に、不穏な雰囲気が映像から醸し出される時があり「ソフィの身に何かあったら、父親の代わりに俺が殴らなければ。」と拳を握っていたりしたのですが、何も起きずに一安心。

よく見ると、年上のグループたちの飲み会は、仲間同士で酒を飲ませあうだけで、誰もソフィに飲酒を進めるような輩がおらず、みんな、好青年でした。(ソフィの前でベロチューするカップルはいましたが。)

 

ただ、バイク・レースゲームで知り合った少年。お前は駄目だ。

飲み会から帰宅する際に、迷ってロードマップを見ているソフィに後ろから抱き着こうとした時点で、アウト。

すぐさまソフィアが反撃して事なきを得たので、今回はお咎め無しだが、また同じ事をしたら、そのまた後ろからお前を殴って阻止する。

結局、その少年とプールサイドでキスをするわけですが、無事に帰宅したソフィアがその事をカルムに報告すると、カルムも「まぁ、同年代だったらいいか。」と言っていたので、この件は不問とする。

と思うくらいに、この映画のソフィア役の存在感が良くて、縁もゆかりも無い私を遠い親戚のおじさんにさせるくらいの溌溂さ。

役者としても将来有望になる事だろう。

 

鑑賞している人だけが認識する、カラムの危うさ。

 

夜のベランダから、落ちる素振りを見せたり、違う日にはベランダの手すりに立ってたりするので、普通に危なっかしい。

他にも、ホテルで歌謡ショーをみながら外でディナーを食べている途中で、財布が無い事に気が付いて、二人でその場からどさくさ紛れて逃げたりしている。

かなり、精神的に不安定なのは見て取れる。

そんな中、誕生日にいい思い出が無かったカラムを思ったフィリーナが、バスツアー中に、サプライズとして同乗者から誕生日おめでとうの歌をプレゼントするサプライズを披露した時の、カラムの表情が本当に印象的だった。

どう喜んでいいのか分からずに、ただ困惑しているのだ。

カラム役のポール・メスカルの演技に引き込まれる。

その後、カラムが背中姿で嗚咽してるシーンが強烈だったのだ。

最初、フィリーナが他人を思いやる優しい子に成長した事による感激の嗚咽と思ったのだが、ひたすらに続く嗚咽で、その意味を理解した。

憶測ではあるが、この瞬間にカラムはこの世と決別する事を心に決めたのではないだろうか。

 

この映画の静かさを味わうには、映画館で体験するしかない。

 

この映画の特徴は、とにかく静かなところにある。キャラクターが無駄に叫ばない、心情を吐露しない。ただ、最低限の演出と演技で説明を済ませている。

11歳のフィリーナの他に、時間が進んで31歳になったフィリーナが登場する場面があるのだが、パートナーが女性で赤ちゃんを育てている描写が最低限の映像と赤ちゃんの泣き声で演出されている。

そこにはドラマ性は無く、ただ日常として描かれているのが個人的には良かった。

同性愛がセンセーショナルという考えがもう古い。

これぐらいフラットで問題無い、そもそも、問題無い事をしているのだから。

 

そして、この映画はカラムが自ら命を絶ってしまった描写は一切描かれていないのですが、鑑賞した人は、カラムはこの世に存在していないと思う事でしょう。

 

決して万人にオススメ出来る映画では無い。しかし、この映画は存在する意義がある。

そういう映画だと思います。

 

今の私にとってこの映画のオススメ度は89であるだけで、駄作という事では決してありません。

一瞬、立ち眩みするような暑い日にこの映画が上映しているのならば、ぜひ映画館でご覧ください。

 

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この映画の鑑賞後に、この動画を見ると。泣けてきます。