『フェイブルマンズ』

 

 

 

オススメ度 94

 

※ネタバレあり

 

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ジョーズ」「E.T.」「ジュラシック・パーク」など、世界中で愛される映画の数々を世に送り出してきた巨匠スティーブン・スピルバーグが、映画監督になるという夢をかなえた自身の原体験を映画にした自伝的作品。

初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になった少年サミー・フェイブルマンは、母親から8ミリカメラをプレゼントされる。家族や仲間たちと過ごす日々のなか、人生の一瞬一瞬を探求し、夢を追い求めていくサミー。母親はそんな彼の夢を支えてくれるが、父親はその夢を単なる趣味としか見なさない。サミーはそんな両親の間で葛藤しながら、さまざまな人々との出会いを通じて成長していく。

サミー役は新鋭ガブリエル・ラベルが務め、母親は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」「マリリン 7日間の恋」などでアカデミー賞に4度ノミネートされているミシェル・ウィリアムズ、父親は「THE BATMAN ザ・バットマン」「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」のポール・ダノが演じるなど実力派俳優が共演。脚本はスピルバーグ自身と、「ミュンヘン」「リンカーン」「ウエスト・サイド・ストーリー」などスピルバーグ作品で知られるトニー・クシュナー。そのほか撮影のヤヌス・カミンスキー、音楽のジョン・ウィリアムズら、スピルバーグ作品の常連スタッフが集結した。第95回アカデミー賞で作品、監督、脚本、主演女優(ミシェル・ウィリアムズ)、助演男優(ジャド・ハーシュ)ほか計7部門にノミネートされた。

2022年製作/151分/PG12/アメリ
原題:The Fabelmans
配給:東宝東和

以上、映画.comより

 

映画に恋焦がれ憧れた青年が映画そのものになった。

最初この映画を予告で知った時は、あまり食指が動かなかったのですが、脚本、監督がスティーブン・スピルバーグと聞いて俄然興味が湧きました。

話は脱線しますが、しばしお付き合いください。

日本でこの形式で映画化できるとしたら、故、大林宣彦監督ただ一人だと思っていまして、もし、今もご健在なら大林監督の集大成として『大林宣彦物語』を撮影したかも何て空想を巡らせていました。

例えば冒頭はこんな感じ。

 

ディレクターチェアーに座り、カメラに向けて話かける大林宣彦

セリフ「皆さん、私は子供の頃から映画が好きでした、映画が好きで、映画監督になりました。そして、こう思ったのです。」

 

カメラが横からの撮影になり、ディレクターチェアーに座った大林宣彦が顔だけカメラを向ける。

「私は、映画になりたいと。」

みたいな感じで、最初のプロットは私の頭の中で完成されていて、たまに脳内でそのシーンを上映しています。

映画好きなら、よくある事なのでこれぐらいにしますが、予告を見て、私の脳内でイマジネーションが膨らんだのもあって鑑賞しました。

 

半自伝的映画なので、役者がスティーブン・スピルバーグ本人を演じるのではなくて、サミー・フェイブルマンというキャラクターを演じ、フェイブルマン一家の話なのでタイトルが『フェイブルマンズ』という事になるのですが、パンフレットによるとフェイブルという意味は、ドイツ語で、台本のプロットや寓話を意味するそうです。

 

生みの苦しみや苦悩が描かれない、稀有な映画。

映画ではサミー・フェイブルマンの話なのですが、はっきり言って、スティーブン・スピルバーグなので、ここでは、スピルバークで統一します。

 

幼少時から映画が好きなスピルバーグ少年時代は、常に映画作成と共にあるのですが、映画製作にあたって、創作活動に対する苦悩がまったく描かれないのが印象的でした。

 

この映画においてのスピルバーグは、アイディアが枯渇したり、スランプで何も手につかない事は皆無で常に映画を作成し続けています。

ボーイスカウトでの発表会では、製作した映画を上映して喝采を受けていて、それどころか、生みの苦しみよりも、映画を制作する事が出来ない環境に対して苦悩する描写があるのが見ていて新鮮でした。

スクリーンからは「だって、俺スティーブン・スピルバーグだよ?」と言われているかのようでした。

この後『激突』『未知との遭遇』『E.T』『ジュラシックパーク』などを撮影するあのスピルバーグなのは重々承知なのですが、そこは同じ人間、少しでも共感できる部分を探したくなるのが人情ってもの、しかし、息を吸うように創作する人もいる事実に、頭を鈍器で殴られるような衝撃を受けました。

 

連載を抱えている漫画家が、息抜きで違う漫画を描いているのを知った時の驚きと、自分には到底辿り着く事の出来ないという絶望感が一気に押し寄せてきました。

 

この才能は、両親によって開花されたのは間違いなくて、理論家の父と情緒がある母のバランスがスピルバーグを映画の世界へと導いたといえます。

家族の他に父親の親友が同居していて、それなりに楽しい生活を送っているのも束の間、父親がヘッドハンティングで新しい会社に引き抜かれることで、新たな土地へと引っ越しを繰り返していくわけですが、親から家族旅行を撮影してと言われて、しぶしぶ承諾して撮影して、編集作業をしているスピルバーグが、父親の親友と、母親が恋仲である事に気が付いてしまうシーンは見ていて辛かった。

 

撮影さえしなければ、知らないままで済んだことに対する苦悩あり、映画を作成する事の楽しさと、人間の真実を映し出してしまう事の残酷さをここで嫌というほど描いているのが印象的でした。

 

結局、母親は離婚して父親の友達と再婚するのですが、その描写が本当に見ていて切ない。

父親は母親のことを尊敬して愛しているのに関わらず、母親はそれを拒絶していて、その理由が「自分には無い才能を持った人から愛されるとだんだんと苦しくなる。」なので、父親からすれば、どんなに愛を伝えていても破綻する結末しかないことが見ていてただ絶望するのみ。

 

スピルバーグも高校生なると、転入生という事とスピルバーグユダヤ教を信仰しているという理由で、キリスト教のクラスメイトからイジメられるし、イジメるクラスメイトがちゃんとクソ野郎共だったりで踏んだり蹴ったり。

そんなクソ野郎達を相手に学校生活をサバイブする毎日で、流石に映画撮影に対する熱意の火も消えかけた時、女子のクラスメートとの出会いがスピルバーグを映画の道へと戻すのを見て、出会いは奇跡なんだなと思った次第。

 

ガールフレンドから、家に撮影用のカメラがあるから、高校最後の夏休みを撮影してみたらという提案に乗ったスピルバーグが、ビーチでくつろぐ生徒たちを撮影していき、編集をした後に卒業パーティーで上映するに至るのですが、そこで、イジメていたボス的存在だった人間を、とにかく恰好良く、ヒーローのように演出する構成にして、クラスメイトからは喝采を受けて上映会が終了したまでは良かった。

 

しかし、イジメていた当事者がロッカールームで「何で、あんな風に俺を撮影した。」とスピルバーグを問い詰めたあげく「あれは、本当の俺じゃない。」と腰を下ろして泣き出す始末。

流石に、スピルバーグも意味が分からず反論するも、その言葉が「映画の中だけでも、仲良くしたかっただけなのに。」というのがとても痛々しかった。

しかし、その時だけスピルバーグはイジメられていた人間と対等に話をする事が出来る訳です。

 

何故なら、スピルバーグは無自覚とはいえ、本当の自分ではない偶像を永遠にフィルムに残すという行為は、相手を暴力で捻じ伏せるに等しく、そこで対等な関係として話が出来たのではないかと思った次第です。

 

この絵の地平線(ホライズン)はどこにある?

卒業バーティーで大学進学が決まっているガールフレンドに対して「映画に携わる仕事をするため、ハリウッドに行くのだけど、一緒に来ないか?」と伝えるも「その話題は、今すべきではない。」とピシャリと言われ破局することに。

 

卒業後は、父親と同居しながら大学に遠距離通学しつつも、あまりにも大学と水が合わずパニック障害で呼吸もままならない状態に。

そんな中、手紙を出していた映画製作会社から返事が来て、オフィスで面接を受ける事に。

そこで出会うのが『駅馬車』などで有名なジョン・フォード監督。

 

最初、ヨレヨレの服を着て眼帯をして顔にキスマークをつけてヨタヨタ歩いてきたのを見た時には、あまりにも個性が渋滞していたので架空の監督なのかな?と思ったのですが、実際にいました。

しかも、そのジョン・フォードを演じているのがデビット・リンチという謎の配役。

異常に存在感があったので、この配役で正解だと思いました。

 

スピルバーグが映画監督になりたい思いを伝えるとジョン・フォードが「映画監督なんて、心がズタズタにされるだけだぞ。それでもなりたいのか?」と質問した後で、部屋に飾っている絵を指さして、この絵どう思う?と聞くシーンがこの映画のハイライトだと確信。

 

スピルバーグが絵の説明をしようとすると、「違う!!」と一喝。

「ホライズンは何処にある!!」と聞かれて、地平線は下と答えるスピルバーグ

 

すかさず違う絵を指さして、「あの絵は?」と聞くジョン・フォード監督。指さした絵を見ながら「えーっと二人のカウボーイが馬に乗って・・・」「違う!!ホライズンは何処だ!!」とまた一喝。

地平線は上だと答えるスピルバーグ

 

ここからはジョン・フォードの独壇場で。

「地平線が一番上にあると面白い絵になる。」

「地平線が一番下にあっても、面白い絵になる。」

「地平線が中央にある絵は、面白くも何とも無い、クソみたいな絵になる・・・」

「以上だ!!いつまで俺のオフィスにいる気だ、とっとと出ていけクソ野郎!!!」

スピルバーグを追い出すシーンが最高でした。

 

キョトンとした顔で、オフィスから出ていく前に「ありがとうございました。」とお礼を言うスピルバーグに対して、葉巻を吸いながら「どういたしたしまして。」というジョン・フォード監督が格好良かった。

どうせなら、こんなジジイになりたい。

 

この映画を一言でいうならば『スピルバーグ立志編』と言ったところでしょうか、この映画の続編は作成されないでしょう、何故ならスピルバーグがこの後、どんな挫折や困難があろうとも、映画を作成し続けているのは周知の事実なのですから。

 

永遠の映画青年スピルバーグも、今年で76歳。

今、スピルバーグが元気でいるからこそ、見る価値のある映画ともいえます。